霊視で現実世界をカウンセリングして解決いたします。
霊能・スピリチュアルだけのアドバイスだけではなく、人が日々生きている現実世界との調和が必要だと思っています。
そのため、法律資格や現実世界の学びも生かした、総合的なカウンセリングとコンサルティングをしています。

幸せの成り方

運気アップ

運気をあげる方法を良く聞かれます。

運気を上げるためには、

・自分と同じオーラのものを身につける

・部屋の風通しをよくする

・運気の良い人と交わる

・ご先祖様にお願いする

以上のようなことがあげられます。

ご自身のオーラや、ラッキーカラーがわからないときは、

霊能者さんか、

占い師さんに、

お尋ねになると良いと思いますよ。

必ずしも、

ご自身の好きな色とは限らなかったりしますので。

物欲様

「物欲様」と呼ぶ方々がいます。

といっても、

私が勝手に「物欲様」と呼んでいるのですが…。

「物欲様」とは、

物を買うことに必死になっている方々です。

とにかく、物が欲しいのです。

神様へのお賽銭は、10円しか入れないのに、沢山の願い事をする。

普通に見ておかしいことが、理解できないのです。

周りの人に10円を渡して願い事を聞けと言ったらどうでしょうか?

「物欲様」は、

自分の物欲を正当化して、人にも平気でおしつけます。

周りからは、迷惑者と思われています。

とにかく、

人にお金を使いたくない。

自分のことだけにお金を使いたいのです。

さらに、

「物欲様」は自慢しないと気がすまない。

○○はいくらする等という情報には非常に詳しいのです。

そのような「物欲様」が悪化していくと、どうなるか?

モノを買うことに取り憑かれてしまうのです。

モノは、無限に販売されていきます。

しかし、

お金は有限。

となると、

真っ先に、周りへのお金を渋りだします。

しかも、

要求は変わらず、

収入を増やすために、

さらに、

要求します。

そして、

一時的に得たお金で、

モノを買い、安心し、

また、

モノを追いかけます。

つまり、

周りを安く買いたたき、

自分が独り占めしていこうとする。

周りの人への配慮はなくなっていきます。

お金は念がついていますから、… 続きを読む

願い事とご先祖様の力と霊能者

「私の幸せを願ってください」

「私の恋愛を願ってください」

「私の健康を願ってください」

「○○を願ってください」

と、

沢山のメールや言葉をいただきます。

私は、

霊能者としては、

霊に誠実でいることを一番にしています。

私の身体やお金などよりです。

それが霊能者たるものの使命だと思っています。

願い事にあわせて、

日本中の様々な場所をまわります。

寺社関係なく。

青森や岩手や山形などの東北から、沖縄まで。

山に登ることもあれば、断食や、水に浸かることもある。

神社やお寺に祈祷をお願いすることもあれば、

自分で何度もお願いに通うこともある。

お寺に読経をお願いすることもあれば、

護摩焚きをお願いすることもある。

そうして、

メールや言葉で頂いたお願いを一心にひたすら願うのみです。

費用がかかろうとも、

身体が傷もうとも、

時間を使おうとも、

お願いのメールや言葉を私にくださった方々には、願い事が叶って頂きたいし、

幸せになって頂きたいからです。

「霊能者と占い師のどちらが儲かるのですか」

と尋ねられることがありますが、

答えは、何とも言えないです。

霊に誠実であれば、

「コロナにならないように願ってください」

と言われたら、

霊に誠実に動く。

そうすれば、費用も身体も時間もすり減るからです。

霊に誠実とは、

「○○」をお願いしますと、いうことを叶えてくれ、と、

その方々のご先祖がおっしゃるからです。

そのご先祖の霊に誠実に対応しているからです。

御本人の発言を、ご先祖がお願いしてくるのです。… 続きを読む

去り際

愛する人がいたとして、

その人の可能性のために、

別れを決意することもあろう。

ある人には、わからないことがあり、

急に、罵られこともあろう。

その結果、その人に仕返ししてやろうと思う人もいよう。

しかし、

私なら、

その人が間違った方向

悪い結果を

選ぶ方向だけには向けたくない。

自分がたとえ、

嫌われた人でも、

そのようなことはしたくない。

外道だと思う。

感謝される必要はない。

間違われ、

罵られても良い。

人間としても、

霊能者であれば、尚更、

そのようなことはできない。

ともに時間を過ごした人ならば、

尚更である。

二度と会えないかも知れない。

二度と会わなくてもよい。

黙って去ればよい。

しかし、

その人の可能性が広がり、

良い人と出来るだけ出会えるように、

陰から、

祈り、

神か、仏か、が導いて下さるように願うのみである。

見えないところで、いつできる単純なことであろう。

 

幸せを失う人

幸せになりたいと思いながら、幸せを自ら失っていく人もいる。

そんな人を愛しく思う人もいる。

精神神経科の医師たちと、長時間話すことがあった。

幸せになりたいと思っている人は、「自分が好きすぎる」人が多い。

次々に要求が出来て、今の状況の有り難さがわからないのだと。

そして、次の要求がかなわないと、自分は不幸と決めつけてしまう。

自分で不幸を作り出し、呼び寄せているのだ。

また、自分らしく生きる!=相手に我慢させるが、きづいていないと。

また、相手に指摘されることもある。

あなたは、○○さん、○○さん、もやっているから、当たり前と勘違いしているのではないか?と。

交際相手の地位や、身分に拘る人もいる。

私の父親は、身体障害者だった。

母親は、お金もちのお嬢様。

当然、反対された。

今から、60年以上前である、障害者への差別は厳しかった。

しかし、母親は堂々と交際した。

父親も身体障害者の手帳をつかったこともない。

私は、身体障害者に全く偏見を持たずに育てれたのはそのおかげだ。

交際を隠さねばならないのは、交際相手の地位や身分もあるだろうが、それ以上に、

「私」が面倒くさいことに巻き込まれる、ということが嫌なのである。

「私」が好き。

「私」か第一というのがある。

常に、「私」からしかものを判断出来ないのである。

「面倒くさい」を免罪符に使って、自分を護るのである。

交際相手が、日陰に扱われ続ける気持ちがわからないのだ。

交際相手は、堂々と相手に光の当たる場においていても。

そうして、相手は疲弊していく。

「私」が一番というルールを無意識に押し付けていることにわからないから。

それは、相手への命令なのである。

というのも、同じことをされたら、

「私」が、一番の人は許さないからです。

そして、

手元にある幸せは、手のひらの砂のようにこぼれて、二度とは戻らない。

しかし、

相手のせいか、周りのせいにする。

何故、自分がそうなるかを顧みないからである。

そして、

自分は、不幸だと感じる。

不幸な場と感じて、

不満をいう自分が不幸を作り出しているのち。… 続きを読む