霊視で現実世界をカウンセリングして解決いたします。
霊能・スピリチュアルだけのアドバイスだけではなく、人が日々生きている現実世界との調和が必要だと思っています。
そのため、法律資格や現実世界の学びも生かした、総合的なカウンセリングとコンサルティングをしています。

桃原 章浩

高野山 2

パレードは続きます。

音楽も流れているのですが、
写メだとつたわりませんね。
申し訳ございません。

子供達も参加しています。

かなり暑い日。

山車も出てきました。

弘法大師より、
興教大師に似ているのでは?
と疑問を持っていました。

奥の院へと向かいます。

有名なお地蔵さんですね。

奥の院到着です。
今日は、人があまりいませんでした。

ゆっくりとお参りしたり、
水供養も出来て良かったです。

 

想像力と創造力

想像力と創造力は、大切なものだと思います。

想像力は、
相手の立場を理解したり、
周りの人々の立場になり配慮ができる、
素晴らしい力だと思います。
「思いやり」の気持ちでもあると思います。
相手の立場を理解したり、
周りの人々に配慮ができる、としても、
どのような行動が、
ベスト・ベターがと考えて行動する力、
それが創造力だと思います。
想像力で、
相手の気持ちを理解したり、キャッチして、
創造力で、
ベストやベターな行動する。
まさに車の両輪ではないでしょうか。
想像力・創造力は、
日々、自分で磨いていくしかありません。
想像力は、
映画、小説、様々なものからも得れます。
小説や映画というものは、自分とは考え方が違う人がいるということを知る可能性を広げてくれます。
創造力は、日々の行動だと思います。
妊婦さんや老人に席を譲る行動は、創造力から出たものだと思います。
この人大変だろうなぁーと想像力を働かして、
創造力を使う。
時に失敗もあると思います。
失敗を重ねて、重ねて、フィードバックしていくことで、より想像力と創造的が身についていくのだと思います。
最初は、違和感があっても、
だんだん、自分で意識しなくてもよくなる。
それが身についていっている証拠だと思います。
私も、日々、想像力と創造的を磨いていきたいと思っています。
そして、反省しては、治していく。
良いところは貫いていく。
そうやって、個性、
大袈裟にいえば、
人格というもの
が形成されるのではないでしょうか。
その意味で、私は楽観的かもしれません。

 

「死」を見ていて感じるもの

人や動物の生死についてご質問を受けます。

私自身も、人や動物の生死をみて、心を痛めたり、不条理に禁じる時もあります。
ただ、皆さんとは、違い、
「薄い幕」のようなものがあります。
自らが、当事者の時ですら、変わりません。
人は、「現状」を維持したい。
しかし、「現状」とは、実は様々な奇跡に寄って成り立っているものだと神か、仏か、宇宙か、ろくでもないは、言います。
その非常に危うい状態を皆さんは「普通」とお考えになっているのかもしれません。
「死」や「不幸」はいつ訪れるかは、わかりません。
大事なことは、その時が来てしまった場合に、
「やることはやった」と思える境地でしょう。
これを「覚り」と呼ぶか、「明鏡止水」と呼ぶかは、お任せいたします。
日々、自らの力が試されていて、神か、仏か、宇宙か、ろくでもないものは、見ている。
そのためもあって、「努力」もしないで、必死に「願い事」をしても叶わないと思います。
そこには、「あくまでも自分の欲望」を最優先する状態が隠れているからです。
「見返り」を求めすぎなので。
人のお役にたったら、さっさと忘れてしまうことです。
いつまでも、「してやった」にこだわる執着鬼になるべきではありません。
また、「このお役が仕事の貯金になる」と下世話な考え方でするべきでもないと思います。
自らの「施し」の貯金ばかりを考えて、沢山の人への「感謝」や沢山人々が「支えてくれている」ことを忘れるべきではありません。
私は、世の中の想定する「優れた人間」ではありません。
単なる「凡人」です。
だからこそ、「人への感謝」「努力」をすててしまうと、最悪な状態になるだけです。
私は、皆さんに感謝し、皆さんの幸せを日々祈っています。
しかし、それは、皆様に従うということではありません。

 

お金が入る方法 運気アップ

お金が入る方法をよく質問されます。

で、方法はあるのか?
と言われると、
「あることはある」
になります。
皆さんが信じたり、
実行なさるかは、
別として。
では、お金が入る方法について。
それは、
「適度にお金を流す」
ということです。
私は
神か、仏か、宇宙か、ろくでもないものか、
から聞いていることは、こうです。
「お金には欲がびったりとくっついている。」
ということです。
だから、
「お金を集めてばかりだと、欲望の淀みを造る」
ということです。
それを解決するために、
「淀まないように適度に流してやる。」
これが、お金が入る方法だと言われます。
「欲望の淀みでいっぱいだと、お金の入る余地はなし」
と。
では、
「適度に流す」
とは、
どのようなものでしょうか?
それは、欲しいものを買う、
遊びにいく、
自己啓発、
寄付、
人にプレゼントをする、
いくらでも方法はあります。
適度に使って流すのが良いと思います。
私個人として聞いているのは、
人にプレゼントしたり、
人のために使う、
ことが、一番良いと言われてます。… 続きを読む

「安定」「不安定」 「真理」「絶対」「可能性」


人は、「安定」を求めます。

しかし、「安定」というものはなく、人生は「不安定」なものだと、神様か、仏様か、宇宙か、ろくでもないものかは、告げます。
この「不安定」をいかに考えるかによって人生はみのり豊かになるのではないでしょうか?
「安定」ということは、「固定」されているのです。
「不安定」とは、「固定」されていません。
「悪い方向」に向かうのか、
「良い方向」に向かうのか、
「固定」されていない以上、
「可能性」があるのです。
そして、その「不安定」さは、心の持ちようや、考え方、様々な要因にも影響されます。
人生は、「今の一時点ではありません。」
私は、「人生」とは一生をかけてつくっていく作品だと思います。
それは、「未完」に終わるかもしれません。
しかし、そのような「可能性」を持てるとこに、また、「可能性」を使えることに、人間の素晴らしさがあると思っています。
私は、「宗教」をやってるわけでもありません。
だから、「宗教」を信じる方々のように「絶対」「真理」と述べることには抵抗があります。
「絶対」や「真理」も「固定化」されたものです。
私は、人間の「固定化」された安心感を求める気持ちもよくわかりますが、
やはり、「不安定」であれ、「自ら」の「可能性」を追及していくことが、良いのではないかなぁーと思います。
単純にいうと、「自分で限界を決めるな」ということになります。
「可能性」をどんどん広げて、
死ぬ時に、「幸せだったなぁー」と自ら言える。
そんな鑑定を心がけています。