「物欲様」と呼ぶ方々がいます。
といっても、
私が勝手に「物欲様」と呼んでいるのですが…。
「物欲様」とは、
物を買うことに必死になっている方々です。
とにかく、物が欲しいのです。
神様へのお賽銭は、10円しか入れないのに、沢山の願い事をする。
普通に見ておかしいことが、理解できないのです。
周りの人に10円を渡して願い事を聞けと言ったらどうでしょうか?
「物欲様」は、
自分の物欲を正当化して、人にも平気でおしつけます。
周りからは、迷惑者と思われています。
とにかく、
人にお金を使いたくない。
自分のことだけにお金を使いたいのです。
さらに、
「物欲様」は自慢しないと気がすまない。
○○はいくらする等という情報には非常に詳しいのです。
そのような「物欲様」が悪化していくと、どうなるか?
モノを買うことに取り憑かれてしまうのです。
モノは、無限に販売されていきます。
しかし、
お金は有限。
となると、
真っ先に、周りへのお金を渋りだします。
しかも、
要求は変わらず、
収入を増やすために、
さらに、
要求します。
そして、
一時的に得たお金で、
モノを買い、安心し、
また、
モノを追いかけます。
つまり、
周りを安く買いたたき、
自分が独り占めしていこうとする。
周りの人への配慮はなくなっていきます。
お金は念がついていますから、
貯めるだけではなく、
適度に流さないといけないのが事実です。
しかし、
残念ながら、
お金の使い方には人格が出るのです。
神様か、仏様か、宇宙か、ロクでもないものかは、はっきりと言っています。
「お金を人のために使わず、
自分の為だけに使う物は、
お金に操られている愚か者である」
と。
そのような方々が、
神社に参拝して、
お願いをしている姿を良く見ますが、
神様は降りてきません。
邪霊や眷属とは繋がり、魂を売っていたりしますが…。
自らを供え物にして、
願い事を叶えてもらっているのかもしれませんね。
そのような方々から、
邪霊や眷属を引き離して欲しいとの依頼を受けますが、
とても難しい。
というのも、
眷属や邪霊からは、願い事を叶えてくれているからです。
要は、
サラ金からお金を使って、チャラにして欲しいと、
依頼者は都合の良いことを言っているのです。
眷属や邪霊が怒るのも当たり前なのです。
それなのに、
依頼者には取り憑かないで下さいというのは、
並大抵のことではありません。
「物欲様」と呼んでいる人は、
そのように取り憑かれている方々です。
自分や自分の家庭、自分のご先祖をお供えものとして、取り引きして、
「今」の幸せを満喫されている方々です。
残念ながら、
気付いていないのは、本人だけかもしれません。
私も視ていて、
非常に残念に思うこともあります。
過ぎたるは及ばざるが如し。