霊視で現実世界をカウンセリングして解決いたします。
霊能・スピリチュアルだけのアドバイスだけではなく、人が日々生きている現実世界との調和が必要だと思っています。
そのため、法律資格や現実世界の学びも生かした、総合的なカウンセリングとコンサルティングをしています。

パワースポット

滝原宮1

晴天です。

交通の不便な場所にありますが、
非常に素晴らしいお宮です。

心地好い、木々の中をあるいていきます。
自然のエネルギーに満ち溢れています。

光もさして、
とても、心が和らぎます。

清掃もしっかりとされています。
ここで、
心身を浄めます。
とても、冷たい水です。

横浜中華街~関帝廟

夜の横浜中華街です。
今日は、人がとても多い。

タクシーも沢山走っていて、
混雑しています。

本当に人も車も多いなぁー。

中華街のネオンって、
色とりどりで、とても綺麗ですね。

夜の関帝廟も
光輝いて綺麗です。

今日は、沢山の方々がお参りにきていました。

神様へのお供え。
金紙です。

勢いよく、燃えました。

竈に拝んで終わりです。

中華街は、食べ放題のお店ばかりになってしまいましたね。
食べ放題のお店は、あまり美味しいお店がなかったりします。
メニューも同じだし。
美味しいお店を探すのも楽しいものですね!
まずいお店探しをしている、
私としては、まずいお店を探していますが。
さすがに皆さんには、紹介できません。

関帝廟

再び関帝廟にきました。

夜ですが、街は賑やかです。

日本と異なり、
赤や
青や
緑と
カラフルな夜景ですね。

日本の夜景は面白くない。
みんなオレンジだ。
その点、香港の夜景は、色とりどりで面白い。
昔、先生に言われたことを思いだします。

今は、春節です。
お祭りです。

関帝廟も、夜は明るく輝きます。
中国の南方様式の、色鮮やかな建物です。

関帝廟の神様は
三國志の関羽雲長です。
本当の神様は、天井の上にある天の神様です。

金紙を購入します。

勢いよく、燃えていきます。

金紙は、神様へのお礼です。

日本大通の龍です。

この時期は、至るところに、龍のライトアップがあります。
神様は、時に厳しい言葉も伝えてきます。
それを、無視するか、無視しないか。
そして、謙虚に行動するか、行動しないか。
様々な選択があります。
私は、謙虚に行動するのみです。
行動を選択するのは、自分にかかってきます。
神様がいようと、いまいと、それは良いと思います。
ただ、自分の耳に優しい言葉ばかりを選んでいては、自分を甘やかすことになると思います。
それは、自分という素材・能力を最大限に使わないという、傲慢さではないか?と、私は思っています。
自分に厳しい言葉は、時に的外れや悪意のあるものもあります。
しかし、そう言ったように捉えられる一面が、自分にもあると知ることは大切であり、自分が暴走するときに、自分を制御する言葉にもなると思います。
自分という、素材・能力を最大限に生かして、皆さんのお役にたつ。
皆さんが、幸せになるお役に立てることって、幸せではないでしょうか?
自分も、皆さんも幸せになる。
そうやって、世界が少しずつ幸せになっていく。
一気に全ての人々を幸せに出来ると考えるのは、傲慢そのものだと、私は考えています。
そのようなことが、本当に出来るのは、神か、仏か、わからないものではないでしょうか?

八坂神社

八坂神社です。
人がいつも沢山います。

本殿です。
行事が行われていました。

八坂神社は、祇園社とも呼ばれます。
祇園精舎から取られているのだと思います。
祇園精舎と言えば、お釈迦様です。
明治以前は、神仏習合でした。
今は、お寺と神社に分けられてしまっています。
江戸時代に、「祇園精舎」の地図が見つかっています。
それは、今の「アンコール・ワット」でした。
江戸時代前半までは、日本人は、海外貿易をして、出かけていたのでした。
南蛮貿易で手に入った珍しいものは、祇園祭りの山鉾に使われたりしています。
朝晩が急に寒くなりました。
皆さん、お身体に気をつけてくださいね。
皆さんのお幸せを常に祈っております。

下鴨神社

下鴨神社の瀨織津姫の社です。
こちらから、水が湧きだします。
こちらを是非とも、訪れて頂きたいなぁーと思います。

あまり、人は居ません。

縁結びとして、たくさんの方々が参拝している社です。

縁とは、恋人だけでなく、
人との縁
お金との縁
仕事との縁
様々な機会のことですね。
ただ、その機会を頂いても、
使えるかは、自分次第。
「常日頃、自らも磨け」と、
社に出てくる女性は、訴えかけています。

大木が伐採処理の途中です。

あらためて、台風は、凄いのだなぁーと思います。
また、自然の脅威を感じます。

古代の日本の人々は、自然の脅威に畏敬の念を抱きました。
そして、自然を大切にしてきました。
近代科学とは逆の思想ですね。
近代科学は、「人智」により、自然をコントロールしようと考えたのですから。
古代の日本人は、「自然」を「神」と考えて、「お願い」をしていた。
近代科学は、「自然」は「人智」により「コントロール」されるべき対象と考えた。
「神は死んだ」ことにより、近代ヨーロッパ人は、「神」から解放された。
その「神」の代わりに、「人智」を置いた。
宗教と科学万能主義は、対極にあると考えている人がいますが、私は違うと思います。
「ご本尊」に、「神」をいれるか、「人智」を入れて崇めるかの違いにすぎない。
どちらも、「神」や「人智」を絶対なものと見なしている点で同じです。
「神」にも、「人智」にも、万能性を見いださない、見いだせない、人間(私のような人間ですが、)は、常に自分という存在の重みに耐えつつ、生きて行かねばならないのだと思います。