再び関帝廟にきました。
夜ですが、街は賑やかです。
日本と異なり、
赤や
青や
緑と
カラフルな夜景ですね。
日本の夜景は面白くない。
みんなオレンジだ。
その点、香港の夜景は、色とりどりで面白い。
昔、先生に言われたことを思いだします。
今は、春節です。
お祭りです。
関帝廟も、夜は明るく輝きます。
中国の南方様式の、色鮮やかな建物です。
関帝廟の神様は
三國志の関羽雲長です。
本当の神様は、天井の上にある天の神様です。
金紙を購入します。
勢いよく、燃えていきます。
金紙は、神様へのお礼です。
日本大通の龍です。
この時期は、至るところに、龍のライトアップがあります。
神様は、時に厳しい言葉も伝えてきます。
それを、無視するか、無視しないか。
そして、謙虚に行動するか、行動しないか。
様々な選択があります。
私は、謙虚に行動するのみです。
行動を選択するのは、自分にかかってきます。
神様がいようと、いまいと、それは良いと思います。
ただ、自分の耳に優しい言葉ばかりを選んでいては、自分を甘やかすことになると思います。
それは、自分という素材・能力を最大限に使わないという、傲慢さではないか?と、私は思っています。
自分に厳しい言葉は、時に的外れや悪意のあるものもあります。
しかし、そう言ったように捉えられる一面が、自分にもあると知ることは大切であり、自分が暴走するときに、自分を制御する言葉にもなると思います。
自分という、素材・能力を最大限に生かして、皆さんのお役にたつ。
皆さんが、幸せになるお役に立てることって、幸せではないでしょうか?
自分も、皆さんも幸せになる。
そうやって、世界が少しずつ幸せになっていく。
一気に全ての人々を幸せに出来ると考えるのは、傲慢そのものだと、私は考えています。
そのようなことが、本当に出来るのは、神か、仏か、わからないものではないでしょうか?