親が子を大事に想うのと同じように、
子が親を大切に想うのは、当たり前のことだと思います。
しかし、
世の中は、
そのようには流れない。
様々な理由をつけて、
自らが問題をどんどん複雑にしていっているように思います。
余計なものを取り除き、
シンプルに問題の核心を掴むことも大切だと思います。
打算、面子、プライド、うぬぼれ…といったものが、
問題にまとわりつき、
複雑に絡みあう。
いきなり解決が出来ないときもあると思います。
少しずつ、少しずつ、ほぐしていく…。
嫌な自分自身に向かい会わねばならないこともあると思います。
辛い作業でもあります。
そのようにして、
自分自身と向かい会うことは、
自分自身を良く知るこでもあり、
再び問題を起こさないことや、
問題を大きくしないことに繋がると思います。
徒に不安に怯えることなく、
より良い自分の未来を作っていくことに繋がると思います。
皆さんが、
少しでも幸せになるお手伝いをできたら、
私は幸せです。
神や仏も、嫌がらせで問題を与えるわけではありません。
皆様のご先祖も、
皆様が幸せになられることを常に
願っておりますし、
動いてもいます。
問題を「恨む」のではなく、
問題を糧にして、
自分自身が、
「真心」を持ち「感謝」し、自分自身を磨いていけるかが、
幸せへの近道だと思います。
人にされた嫌なことは、良く覚えているものです。
でも、
そのことをいつまでも思い続けることは、
悪い念をうみ、
かえって、
悪いものを引き寄せてしまいます。
だから、
あまり、
固執しない方が楽に生きれると思います。
人にされた嫌なことは、良く覚えていても、
自分が人にどのようなことをしたかは、意外と覚えていないものです。
もしかしたら、
自分が人に嫌なことをしているかも知れないのです。
嫌な感情ばかりにとらわれてしまうと、
自分が気付かず、
周りの人々に辛く当たってしまうこともあります。
だからこそ、
嫌な感情を逃がす隙間のようなものを持つことも大切だと思いますよ。
大切に思う気持ちは、ひとつ間違えると執着を生みます。
お金を大切に、
子供を大切に、
恋人を大切に
様々な大切に、
があります。
大切にが
度を越えるとは、
相手の気持ちや
まわりへの配慮を忘れることです。
自分のお金のためになら、何をやってもかまわない。
子供の意見は未熟だから、私が配慮しないと…。
恋人が大丈夫がわからないから、常に監視するなど。
大切にするという社会内での行動から、
自分を中心にした過度な行動に変わるのです。
しかし、
執着は、
常に、
不安
を生みだします。
これで大丈夫だろうか?
と、
常に不安になるのです。
そして、
自分の執着により、
他の人々を傷付けてしまいます。
お釈迦様は、執着が不安を生むとおっしゃっています。
執着は常に不安をうみ、更に不安を呼びます。
自分の特性や欲望を直視して、
(それは辛いことですが)
執着にとらわれていないかを
考えてみるのも大切だと思います。
定期的に、掃除をしないと部屋は汚れていってしまいます。
もうすぐお盆ですね。
皆さんのご先祖への感謝を、
お盆という期間に伝え、
一緒に楽しんでもらう。
お盆には祭りや踊りがつきものですね。
金魚すくいや、綿菓子、焼きとうもろこし、りんご飴、様々な屋台も風情がありますね。
浴衣姿の方もおられたり。
今年のお盆は、
新型コロナウイルス感染の密集を避けるために、開催がされないことも多いと思います。
しかし、ご先祖には感謝は伝えれますから、
埃を被っている仏壇を掃除なさるのも良いかと思います。
小さなことでも、感謝できることは素晴らしいと思います。
しかし、時に心が固まってしまい、感謝出来ないときもあります。
そんなときでも、焦らず、時間をかけていくと、感情が戻ってくると思いますよ。