「子供がなくなるのは不条理ではないか」について、お答えします。
子供が生まれてすぐに亡くなったり、
交通事故や戦争でなくなることは、
大変心が痛いことです。
しかしながら、
魂は、両親を選んで生まれてきます。
当然、時代や環境も含めてです。
霊は、
我々の世界から、
魂の研鑽を求めてあなた方の世界へと向かいます。
霊各自が、自ら欠けているものを学ぶためです。
制約されている、あなた方の世界は、学ぶにふさわしいのです。
例えば、
生まれてすぐに亡くなる子供もいます。
あなた方や、その子の両親は、
「神はいない」
「神は残酷だ」
と申します。
しかし、
それは、
一場面のみを切り取った感想だと思います。
両親に、前世があり、
子供にも、前世があります。
もしかしたら、
前世からの因果律かもしれません。
また、
子として生まれて来る霊は、
我々の世界で、
具体的な「愛」というものを学ぶために、
あなた方の世界に行くこともあります。
その結果、
出産で「愛」され、
亡くなることで、
さらに、両親からの「愛」を感じ、
学ぶこともあります。
学び終えた以上、
我々の世界へと戻るのです。
また、
両親にも、
「愛」
を深く学ぶためのプログラムとして、
子供が亡くなるように組み込まれていることもあります。
このような場合、
「子供」と「両親」のプログラムが合致して、子供の死が訪れています。
神は、
デタラメに子供の命を奪うことはありません。
あなた方の物質世界においては、
「死」は恐怖かもしれません。
しかし、
「生」まれてくるという、神秘も同様に扱われるべきだと、思いますよ。
我々の世界から見た場合、
全く理不尽なことは、何一つとしてないのです。
魂の成長のために、
制約がある、あなた方の世界へと学びに行くことは、何ら不思議なことではありません。
魂は、点でありません。
過去から未来へとずっと続く線です。
ただ、
このことを我々は、
あなた方に強制致しません。
あなた方には、
自由意思があるからです。
あなた方が
「神はいない」
「神は残酷だ」
と思われるのも自由です。
我々の世界に来た時に、
あなた方は、知ることになるのですから。
また、
戦争の結果を云々と神に責任を転嫁なさることには納得しかねます。
あなた方の自由な意思で、戦争を起こしながら、
神がとめない
神が助けない
というのは、
我がままというものです。
神が戦争をさせているわけではないのですからね。
あなた方自分自身が自由意思で蒔いた種は刈り取りべきなのです。