好きな人がいて、
その人と会ったり、
一緒に会話や電話することは、
きっと楽しく、
嬉しいことだと思う。
ただ、
好きな人が、
読書やスポーツなどの大切な時間を、
自分の為に割いてくれている。
自分に合わせてくれていると思うと、
どうだろうか?
急に、罪悪感を感じないだろうか?
物事を簡単に白黒つけれることなんて、
はっきり言って、稀である。
大抵、どちらにも分がある。
一寸の虫にも、五分の魂。
恋が外食なら、
愛は、白米。
外食は、ワクワクやドキドキがある。
白米は飛び抜けて美味しいわけでないと、
日々欲しくなり、
当たり前にあると安心しがち。
愛は簡単なものではないのに。
だから、
好きな人がいる人は、
その人が好きであれば、
盲目になるのではなく
(一時的には仕方ないとして)、
好きな人が、
より幸せになり、
お互いに高め合えるように、
時には、振る舞うことも求められる。
もしかしたら、
自分が好きな人の時間や可能性を奪っている可能性があるのだから。
電話の時間を減らす、
意図的に相手の休みを聞かないようにする、
相手がゆっくりと寝れるように、
深夜の電話は控えるなど。
私自身、同じ立場なら、
舞い上がってしまうだろう。
だからこそ、
好きな人のために、
好きな人が最大限の可能性に挑めるように、
サポートしたい。
それが、
別れという結末もあると思う。
「別れも愛の1つだと…」
誰からも理解されないこともあろう。
孤独を恐れてはいけない。
孤独は、内に飼うものである。
好きな人にとり、
「別れ」が最善なら、
躊躇やグズグズ考えることもなく、
好きな人のために選択できる人間は、「愛」を持っていると思う。
「恋愛」を超えた、
「愛」でもって、
好きな人をみているのではないだろうか。
だからこそ、
何も言わずに去る人間もいるのである。
私も、
同じ立場で、
神や仏や霊か、から告げられ、
霊視させられたら、
風のように去り行く客人かもしれない。
その結果、
恨まれても仕方はない。
幸せを願い続ける存在にすぎない。