朝から雨だった。
激しく雨が降っていた。
今日は、「また読書だな」と、本を読む。
僕にとって、雨は猫がシャワーに浴びるのと同じくらい嫌なものだ。
しかし、農業には雨は必要だ。
母親とお姉さんはいない。
雨でも働いているのだろう。
妹さんが、冷たい麦茶を用意してくれる。
珍しくセーラー服を着ていた。
夏休み中の登校日だと教えてくれた。
高校3年生だということも、わかった。
名前はわからない。
「あの、急になんだけど。名前は何て言うのかな?」
彼女はキョトンとしていたが、
「あ、はい。私はヒロコと言います。ころもへんに谷で子です」
少し、訛った発音で口を開いた。
「裕子(ゆうこ)と同じ字だね。」
彼女は、キョトンとしている。
この小さな集落では、名前を間違える人はいないのだろう。
「僕は桃原って言います。裕子ちゃん、宜しくね。」
出来る限りの親しみを込めて自己紹介してみる。
4日目にして、自己紹介とは変な話だ。
ここでは、時間のタイムラグが酷い。
「はい。母から聞いております。私は大島といいます。」
初めて目の前の女の子の名前を知る。
知ったところで、あまり現状が変わるようにも思えないが。
「お姉さんの名前は何て言うのかな?」
「はい。姉は絵奈といいます。」
そう言うと、彼女は片付けをして、学校へと出掛けていった。
集落の中で、少なくとも二人の名前はわかった。
向こうは、僕を知っている。
何かしらが、複雑に込み合っている。
「真実」にたどり着かねば…。
まだ、一本の線にはなっていない。
しばらくして、裕子ちゃんが学校から帰って来た。
今日は、出席の確認らしく、用事はそれだけだったようだ。
僕は退屈しのぎに、「何か勉強でわからないことがあったら、教えるよ」と提案してみた。
どうせ理由を付けて断られること前提で。
しかし、彼女は「はい。できたら。英語が苦手なので…。桃原さんは東京の大学で勉強が出来ると聞いいますから」と、思いもしない返事が来た。
僕は大学やら、全てがバレているらしい。
そして、二人で夜まで英語の勉強をした。
名前以上の収穫はなく、夜は宴会が催された。
僕は縁側で、雨に打たれる植物を見ながら呟く。
「大島・絵奈・裕子」
絵奈と裕子には関連性は見いだせなかった。
綺麗なお姉さんの絵奈さんが、後ろから声をかけてくれた。
「考え事?」
僕は、
「雨がいつ止むのかなぁ」と思ってと、適当な言葉を紡ぐ。
もしかしたら、「大島・絵奈・裕子」も適当な言葉を紡いだものかもしれない。
絵奈さんは、
「明日には止むと思うよ」
と言って、部屋へ消えていった。
僕は少しだが、「真実」に近づいていた。