霊視で現実世界をカウンセリングして解決いたします。
霊能・スピリチュアルだけのアドバイスだけではなく、人が日々生きている現実世界との調和が必要だと思っています。
そのため、法律資格や現実世界の学びも生かした、総合的なカウンセリングとコンサルティングをしています。

パワースポット

貴船神社1

台風や大雨の影響は甚大です。
叡山電鉄は、貴船で折り返し運転です。

丁寧に枝切りされた木々も無惨な姿です。
風が強かったのでしょう。
自然の脅威を感じます。

晴天の中、機械は黙々と作業していきます。

山全体が傾いています。

貴船神社です。

空気が非常にすんでいて、気持ちが良いです。
途中の山が崩れたり、川に様々なものも流れていました。
しかし、水は清く、澄んでいて、柔らかな空気でした。

高野山へ行ってみる2

水掛け供養の不動明王です。
高野山の他の不動明王は据わっていますが、この不動明王はしっかりと立っています。

リニューアルされた、孔雀明王です。
しばらく、修理でいなかったのですが、金の細工をつけて復活です。

帰り道は、水浸しです。

お墓のよこの溝も、土で埋まっていたり、石が崩れたりしていて、雨水があふれています。

お墓も水に浸かっています。

酷いところは、貯水地のようになっています。

お墓もボロボロだし、地面もボロボロで、傾いているお墓も沢山あります。

道路を挟んで、低い土地は全て水びたしです。

これで、大師はなげいているのかといえば、そうではないのです。
観光客がいなく、修行に打ち込めるとおっしゃっていました。
雨と、気温と、靴がずぶ濡れで、奥の院から戻るとき、めちゃくちゃ寒かったです。
人が少ない分、読経供養や、供養など、気兼ねせずに出来て、とても良かったです。

高野山へ行ってみる1

あいにく、ここの所、
高野山は、雨が降ったりの天気。
また、山の上だけあって、寒い。

天気も災いしてか、人も少ない。
特に観光客が非常に少ない。
高野山をガイドする人が全くいなかった。

先日の台風の影響で、大木が折れている。
お墓も倒れたりと、台風の凄さがよく理解できる。

こんなぶっとい硬い木が折れている。
しかも、至るところで。

お墓の奥をみると、大木が横たわっている。
自然の驚異を感じるのみ。

木々も、お墓もめちゃくちゃな所が至るところにある。

奥の方でも、木が途中から、折れている。

 雨の中、奥の院へと向かいます。

いつもは、澄んでいる川も濁っています。

台風の直後の京都も酷かったけど、高野山もとても酷い有り様です。
観光客もほとんどいません。
だからといって、私が困ることはないのですが。

 

皇犬神宮

ここは、とある場所にある、知る人ぞ知る、神宮でございます。

伊勢にある皇大神宮とは異なりますので、ご注意下さい。
こちらは、皇犬神宮でございます。
いにしえの都に伝わる神宮でございます。
ご本尊は、白い布であります。
両脇を狛犬が護っております。
弘法大師が、高野山を開山の際に、
白い犬と黒い犬を連れた狩人に案内されて、高野山の場所を教えて頂いたとの故事があります。
まさに、そのような故事と同じ神宮を、私がとある場所にて辿り着きました。
皇犬神宮と申します。

皇犬神宮は、
願い事が叶う時は、
狛犬が参拝者を見つめると申します。
また、
願い事叶わずときは、
狛犬が参拝者からそっぽを向くと言われております。

皆さんが参拝のおり、
狛犬のご様子から、
願い事が叶うかが、
もしかしたら、ご理解できるかも知れませんね。
皆さんのお幸せをお祈りを申し上げております。

 

台風通過後の次の日の京都2

下鴨神社です。
下鴨神社も、台風により酷い状態でした。

至るところで、倒木や壊れたものがあります。

大木や枝の残骸です。

境内も人がほとんど居ません。
また、社努所も全て閉まっていて、神職の方は居ませんでした。

いつもは、にぎわう、御手洗池の周辺です。

瀬織津姫の社は無事でした。

御手洗池の水がいつもより、干上がって忌ました。

社の周りには、倒木や枝が沢山あります。
建物も壊れています。

御神木も折れています。

 大木が根元から、倒れています。

木々が同じ方向に倒れていることから、同じ方向に強風が吹いたのだと思います。

 社も、倒木や枝でいっぱいです。
参拝禁止の場所が多く、沢山の作業員の方々が倒木を伐採して、細かく伐ったりしていました。
本当にお疲れ様です。

八坂神社は、比較的 被害が少なかったです。
しかし、参拝する方々がほとんど居ません。

神々はどう考えているのかなぁーと思い、尋ねましたが、神々は全く自然災害のことを気にしていませんでした。
自然災害も含めて、受け止める。
それが、神々なんだなぁーと思いました。
観光客が全く見えないことからも、観光への影響は大きいでしょうね。
しかし、神々は、興味本位の人々、「願い事」ばかりする人々に日々疲れているので、神々や自分自身と真摯に向かい会い、神々と繋がるチャンスでもあると思いました。