「某が乗り物にのるとき、病院に行くとき、ブランド品を買うときに、某はお金はないの弐、払わないが、もらって行くと述べているのであろうか」
「私にはわかりません」
「しかし、そなたには某は平気でしている。」
「電車や、病院、ブランド品と そなたの私財と身体と魂の差は、どこにあるのであろうか」
「私にはわかりません。」
「そなたが、何度も、何度も、
ご先祖や神様や仏様々への感謝の気持ちが大事だと思います
と説いても、
某は、平然と
感謝の気持ちはいつも持っております。
と 平然と述べるのは、どうしてであろう 」
「そのようにお考えなのだと思います。」
「では、そなたに尋ねよう。
常に、ご先祖や神様や仏様々への感謝の気持ちを持ち続けれるのか? 」
「無理でございます。
何で、こんなに苦しい目にと思ったり、
修行に集中して一体化となっているときには、ご先祖や神様や仏様への意識は消えています。」
「自分がされて嫌ことは、人にしないということは、どうだ? 」
「常にはできません。 私かしんどいときに老人に席を譲らなかったり、母親など身内を優先することもあります。 このことは、他の方々みたら、嫌なことをしていることになると思います。」
「常に、
感謝の気持ちはいつも持ち、
自分がされていやなことは、人にしない者は何だと考える。」
「神様や仏様ではないでしょうか」
「某は神様か、仏様か?」
「いいえ、人間でございます。」