「世の中には、自ら悪しき種を蒔き続けている者もいる」
「はい」
「そうような者達をどう思うか?」
「悲しくなります」
「では、そなたの関わっている悪しき種を蒔き続けて開き直る者について話そう」
「はい」
「そなたは、その者のために、私財、身体、魂を投げ打っている。
障害のある母親と暮らすための購入資金として貯蓄したお金を全て使い、様々な神々や仏の元に訪れ、某のことのみを願い、様々な奉納もした。そのために、膨大な時間も費やした。」
「はい」
「さらには、某はみずからの病気もそなたに投げ捨て、そなたが身代わりとなり病に苦しんだ」
「はい」
「某の家庭や子供に問題があるとき、そなたは、自らの寿命が短くなるにも関わらず魂を譲った。」
「某は、そのことを良く知っている。」
「また、某は困ったことが起こるたび、鑑定は申し込まず、言葉のみのお礼である。」
「はい」
「きちんと、鑑定の申し込みをしている者の気持ちすらわからない愚かな者である」
「無言」
「それどころか、そなたが優しく、自分の嫌がることは人にしないべきですよと、そなたが必死に何度説いても、
某は、平気で、いつも頭に入ってます。当然です。と、そなたに述べる」
「もし某が願い事に対して、私財も身体も魂も投げ打つならば、某は菩薩業であろう」