良く巫女病というものが、霊能者世界では、言われる。
神様を迎えれる身体になるまで、不幸が続き、やっと神様を受け入れれるようになり、巫女、ユタとなる、と。
しかし、そのような経験をしない霊能者の女性もいるし、男性では全く聞かない。
で、興味があり、巫女病を受けて、巫女やユタになった人の神様をみたら、百発百中、稲荷だった。
たしかに、霊視は出来るかも知れない、しかし、自分の命と引き換えである。
メフィストフェレスとの約束のようである。
そのような方々、川や山から石を拾ってきて拝んでいる。
昔、子供の頃に、開けてはいけないという「ご利益のある」祠を開けてみたら、大きな石だった。
後にきいたら、川で光っていたので拾ってきて祈ったら、お金が入ったという。
しかし、そのご夫婦は子供もなく、病死した。
お金と命を引き換えたのである。
稲荷という神様は、そういうものである。
ご利益があり、願い事が叶いやすい。
しかし、稲荷の代金は稲荷が決める、いわば時価。
命、一生と、願い事と釣り合わないことが、圧倒的である。
そのため、私は手を合わすことはあっても、お願いはしない。
霊能者であった、祖父母以来、霊能者としての私が護っている少ないことの一つである。