テレビで「今日の占い」を見て、運勢が悪く、チャンネルを変えて他の占いを見て、また運勢が悪く、
「が~~~~~ん」
と思う方もいると思います。
でも、しょせん占いです。
「が~~~~~ん」と落ち込んで一日を過ごすより、
ポジティブに生きたほうが、充実した1日になりますよ。
せっかくの1日がもったいないですしね。
占いは「幸せに生きるための手段」に過ぎません。
占いを「人生の目的」にしてはいけません。
よく、おられる方でカウンセリングで
「○○占いだと自分は○○」と決めておられる方がいます。
しかし、はっきり断言します
「そのようなことはない!」
と。
未来は常に開かれた存在です。
開かれた未来を閉ざしてしまうのはご本人です。
「○○占い、○○教でこう言っている」が大事なのではありません。
「○○占い、○○教でこう言っている」と信じ、受け止めている自分が大事なのです。
自分という存在を、すっとばして、逃げてはいけません。
あくまで「○○占い、○○教」を信じている自分がいるのです。
都合のいい時だけ「○○占い、○○教」と使うべきではないのです。
それを信じて、受け止めている自分がいるのです。
未来は常に開かれています。
その未来をどのように生き、選択するのは、「○○占いや○○教」ではなく、ご自身の選択なのです。
文字や言葉は実は非常に恐ろしいものです。
文字や言葉はひとたび発すれば、時代、人により、他人に勝手に解釈されてしまうものなのです。
本人の意図とは異なり。
文字や言葉は、いわば「砂浜の足跡」。
砂浜に足跡は残っています。
しかし、雨が降っていたのか、寒かったのか、どんな服を着ていたのか、どちらの方向を向きながらのこしていたのか、どのような感情だったのか・・・・周りにはわからないのです。
足跡から判断するしかないのです。
その結果、本人が気づいていなかった問題や解釈がでても来ます。
これが素晴らしい方向に傾くときもあれば、悪く使われることもあるのです。
しかし、あくまで、それを「信じた」自分がいるのです。
言論・行動は他人と隣り合わせです。
つまり、義務と権利は「コインの裏表」なのです。
厳しいかもしれませんが、自分のことを「○○占い・○○教」に頼ったことを棚に上げるべきではありません。
霊能者や占いはあくまで「バイキングやビュッフェ」のようなもの。
どのような料理を並べて、説明するかはできるかもしれませんが、あくまでも「食べて」、「うまい」「まずい」と判断したのはご自身なのです。
また、ひたすら「バイキングやビュッフェ」のメニューを集める方もおられます。
しかし、いくらメニューを集めても、味はわからないのです。
「この世」の人生は1回きり。
来世があっても、来世は来世の人生。
「この世」の人生は体験できません。
だとしたら、「この世」の人生を楽しんだほうが幸せではないでしょうか?
幸せの「手段」に○○占いや○○教を使えばいいのです。
○○占いや○○教を生きたから幸せになるとは限らないでしょうね、残念ながら。
「目的」と「手段」を間違えては、人生を無駄に生きてしまいますよ。
あくまでも、「何か」を信じた自分がいるのであり、「何か」のせいにしていては、常に何かを求め続けることになります。
自分という存在から逃げてはいけない。
しっかりと受け止めて、進んでいくしかないのです。