霊視で現実世界をカウンセリングして解決いたします。
霊能・スピリチュアルだけのアドバイスだけではなく、人が日々生きている現実世界との調和が必要だと思っています。
そのため、法律資格や現実世界の学びも生かした、総合的なカウンセリングとコンサルティングをしています。

魂の叫び

「死」を見ていて感じるもの

人や動物の生死についてご質問を受けます。

私自身も、人や動物の生死をみて、心を痛めたり、不条理に禁じる時もあります。
ただ、皆さんとは、違い、
「薄い幕」のようなものがあります。
自らが、当事者の時ですら、変わりません。
人は、「現状」を維持したい。
しかし、「現状」とは、実は様々な奇跡に寄って成り立っているものだと神か、仏か、宇宙か、ろくでもないは、言います。
その非常に危うい状態を皆さんは「普通」とお考えになっているのかもしれません。
「死」や「不幸」はいつ訪れるかは、わかりません。
大事なことは、その時が来てしまった場合に、
「やることはやった」と思える境地でしょう。
これを「覚り」と呼ぶか、「明鏡止水」と呼ぶかは、お任せいたします。
日々、自らの力が試されていて、神か、仏か、宇宙か、ろくでもないものは、見ている。
そのためもあって、「努力」もしないで、必死に「願い事」をしても叶わないと思います。
そこには、「あくまでも自分の欲望」を最優先する状態が隠れているからです。
「見返り」を求めすぎなので。
人のお役にたったら、さっさと忘れてしまうことです。
いつまでも、「してやった」にこだわる執着鬼になるべきではありません。
また、「このお役が仕事の貯金になる」と下世話な考え方でするべきでもないと思います。
自らの「施し」の貯金ばかりを考えて、沢山の人への「感謝」や沢山人々が「支えてくれている」ことを忘れるべきではありません。
私は、世の中の想定する「優れた人間」ではありません。
単なる「凡人」です。
だからこそ、「人への感謝」「努力」をすててしまうと、最悪な状態になるだけです。
私は、皆さんに感謝し、皆さんの幸せを日々祈っています。
しかし、それは、皆様に従うということではありません。

 

「安定」「不安定」 「真理」「絶対」「可能性」


人は、「安定」を求めます。

しかし、「安定」というものはなく、人生は「不安定」なものだと、神様か、仏様か、宇宙か、ろくでもないものかは、告げます。
この「不安定」をいかに考えるかによって人生はみのり豊かになるのではないでしょうか?
「安定」ということは、「固定」されているのです。
「不安定」とは、「固定」されていません。
「悪い方向」に向かうのか、
「良い方向」に向かうのか、
「固定」されていない以上、
「可能性」があるのです。
そして、その「不安定」さは、心の持ちようや、考え方、様々な要因にも影響されます。
人生は、「今の一時点ではありません。」
私は、「人生」とは一生をかけてつくっていく作品だと思います。
それは、「未完」に終わるかもしれません。
しかし、そのような「可能性」を持てるとこに、また、「可能性」を使えることに、人間の素晴らしさがあると思っています。
私は、「宗教」をやってるわけでもありません。
だから、「宗教」を信じる方々のように「絶対」「真理」と述べることには抵抗があります。
「絶対」や「真理」も「固定化」されたものです。
私は、人間の「固定化」された安心感を求める気持ちもよくわかりますが、
やはり、「不安定」であれ、「自ら」の「可能性」を追及していくことが、良いのではないかなぁーと思います。
単純にいうと、「自分で限界を決めるな」ということになります。
「可能性」をどんどん広げて、
死ぬ時に、「幸せだったなぁー」と自ら言える。
そんな鑑定を心がけています。

 

「縁」について

どんなところにも、

「縁」はあると思います。
ただ、
その「縁」をどう生かすかは、
自分にかかってくると思います。
「縁」には、
「自分にとり」良い人と会うだけでなく、
「自分にとり」悪い人と会うということもあると思います。
「自分にとり」悪い人との「縁」にも意味があります。
それは、
気付かずに自分自身が、
そのような「嫌な」人と同じ考えや、
振る舞いをしていることを、
「鏡」のように見せられていることがあります。
また、
「嫌な」人を見ることで、
自分にはない「人」の存在を「許す」という、自分自身の「正義」に拘った考え方を再考する機会を与えられているのかもしれません。
確かに、
「自分」にとり、
「悪い」人や、
「嫌な」人に会いたくはないと、
思うかもしれません。
しかし、
それは、
今の「自分自身」にとり、
必要不可欠だからこそ、
会うのです。
そして、
その「縁」から、
逃げても、
再度違う形で、
再び「縁」として、
必ず、出会います。
人や時間、場所は違うかもしれませんが。
大切なのは、
自分を振り返り、
自分というものの内部に「悪い」「嫌だ」と思うものがないかを、
しっかりと見つめていくこと。
そして、
もし自分にそのような部分があれば、… 続きを読む

人生ワクワクドキドキ楽しくチャレンジ

私は、

物事を始めることや夢の実行に、躊躇したり、負けたときのことを考えすぎるべきではないと思います。
物事を始めよう・夢を実現しようと思った時に、物事や夢 は全て手に届く範囲にあります。
物事・夢は自分の考えや達成できることしか浮かびません。
社会学者ヴォードリャールは
「我々は閉ざされた輪の中にある。考えは閉ざされた輪の中でしか生み出されない。閉ざされた輪をはみ出すものは、狂人しかありえない。」
のようなことを言っています。
簡単にいうと、
人は社会の輪の中で生きているので、その範囲の中でしか考えられないということです。
社会にとらわれないのは、狂人だけだと。
狂人は社会の常識が通用せず、自分の世界に生きているからですね。
私は閉ざされた輪の外にいて、輪を広げていくのは、芸術家もだと思っています。
詩人・芸術家は草原に道を拓き、時に同時代の人間に理解されないからです。
そして、詩人・芸術家の拓いた道を我々は、経済学で通ります。
経済学は時代と同時にスライドしていきます。
法学は、皆さんの常識になった後に来ます。
だから、法学は30年から50年遅れてやってきます。
何故なら、皆さんに理解されない法律は誰もが納得しないし、守らないからです。
物事を始めるに、飛び込めばいいと思います。
外から眺める景色と内から眺める景色は違います。
自分に合わなかったとして、すぐに止めたとしても、経験は必ず生きます。
インターネットで検索して、わかった気になるよりも、百倍、人の心が分かる人間になると思います。
実家の新しい子犬です。
さくら(ミニチュアダックス シェーディッド・イエロー 2018年2月27日生まれ  女の子)
もも(ミニチュアダックス ブラック・イエロー 2018年3月10日生まれ 女の子)
です。
二人は、私が昨年、母親にプレゼントした カナナリュックで遊びだしました。
(カナナリュックは 世界不思議発見のミステリーハンター竹内海奈江 さんがプロデュースしているリュックでポケット等が沢山あり、ミステリーハンターだけにお出掛けに便利なリュックです。今年はピンクをプレゼントしました。さらに改良されていました。オススメです。)
二人とも噛んで引っ張ります。… 続きを読む

桃原章浩より皆様へ

この数日にわたり、ある特定の人間が私のアメーバブログを乗っ取り、様々な虚偽を書き込み、皆様を混乱させて、また、ご心配をさせてしまい大変申し訳ございません。

クライアントの皆様から、ご心配の電話やメールを頂き、私は皆様に大切にされているなぁーと本当に感謝しております。
また、必死に虚偽のブログを削除して対応してくれた誠実な事務員がおり、感謝しております。
このような皆様や事務員とのご縁を大切にして、より皆様のお役に立つことが出来るように精進したいと思います。
私が再確認したのは、やはり「感謝と真心と謙虚」だと思います。
何事にも感謝が出来ないときは、やはり、心が厳しく辛い状態にあるのだと思います。
また、真心が曇っていては、物事を有りのままに見ることが出来ないのだと思います。
さらに、謙虚な気持ちをがないと、全てを上から見下し、みすみす自分へのアドバイスやチャンスを失ってしまうのだと思います。
私は、本当にクライアントや様々な方々に囲まれて幸せだと思っております。
感謝の言葉しかございません。
ブログを荒らしている人間やその取り巻きは残念ながら、罪悪感や反省はないと思います。
また、自分で何か事業を立ち上げて、責任をとる心構えも一切ないのだと思います。
単に、人のものを奪えばいい、利用すればいいと考えているのだと思います。
つまり、クライアントを金づると見なしているのです。
私はこのような考え方が一番嫌いです。
また、桃原鑑定事務所の方針と対極の考えにあると思っております。
クライアントに寄り添い、厳しいことも言ったりしますが、クライアントを第一に考えていくのが私の考え方です。
また、クライアントを見下すなどの考えはなく、人には様々な悩みがあり重さも異なり、また、辛さも異なる。
そして、そのような状況で頑張っておられるクライアントに敬意を感じ、出来うる限りの解決策を提示するのが、私の役目だと思っております。
私はあくまでも人間に過ぎません。
占いもできません。
単に、神か、仏か、宇宙からかのメッセージを伝える一霊能者に過ぎません。
全知全能の神ではないからこそ、日々努力し、勉強するのが私です。
全知全能と完成を決めた瞬間に、私は堕落していくと考えております。
ブログを荒らした個人と、その取り巻きは、ブログを荒らした個人が彼女が出来たことで有頂天になり、何をしても良いと勘違いなさっているのだと思います。
現に、彼らは私の虚偽の噂を彼らの両親や友人に流しています。
しかし、嘘の上に成り立ったものが長く続くわけはありません。
また、その嘘が真実と誤解されるのであれば、私の人格に問題があるのだと思います。
そのような場合は、謙虚に私の人格を直していかねばならないと思っております。
ブログを荒らした個人やその取り巻きの言うように、私には彼女はおりません。
それが私の人格の欠落だと考えて発言を成されるのであれば、お好きになされば良いと思います。
ただ、私のブログを使うのは卑劣な手段だと考えおります。
私が彼女をつくるつくらないは、私がどう考え、どう思っているか、が基盤にあります。
私は、彼女をつくる以上は、人生をともにして、楽しみは2倍、悲しみ・辛さは半分にして生きていきたいと考えています。
そして、私を彼氏と選んで下さったことに感謝して、大切にしていきたいと思っております。
このような考えは、私が私のブログで述べることであり、彼らが決めつけ、発言する場ではないと思います。
私に反論・批判があるのであれば、自分のブログで堂々と述べれば良いと思います。
今回のことで、クライアントや皆様から、優しい言葉をかけられました。
本当に有難いことです。
ただ、私の本心は、… 続きを読む