霊視で現実世界をカウンセリングして解決いたします。
霊能・スピリチュアルだけのアドバイスだけではなく、人が日々生きている現実世界との調和が必要だと思っています。
そのため、法律資格や現実世界の学びも生かした、総合的なカウンセリングとコンサルティングをしています。

幸せの成り方

「傲慢」

昔の話しです。

ある方が、

「世の中の人は、私を売り出すためにいる」

と仰っていた方がいました。

私は、

何度も、何度も、その方に、

「その考えでは全てを失うのが視えますよ」と、諌めたのですが、

一切、無視でした。

そして、

別の方と一緒に仕事をなさる時も、

「○○は私を世話することにある」

と、おっしゃいました。

私は、

「○○さんは、とても人脈も広く、人格も良いので、大切にした方が良いです」

と、伝えました。

ある方は、

「なら、○○を使いまくらないと!」

と、おっしゃいました。

一年後、

その方は、仕事での活躍の場を失っていました。

逆に、

○○さんは、別の方々と仕事でタッグを組み、成功なさっていました。

○○さんの活躍の場が偶然、目に入っきて、私は知りました。

やはり、

あの方は、

人に感謝できずに、傲慢のままだったのだなぁーと悲しく思いました。

あの方は、

二階に上げられていただけで、

実力ではないのに、勘違いなさって、

ますます、酷くなられたのだなぁーと。

その後、

様々な恩人の方々にも、

失礼を働いていたのがわかりました。

わずか一年で、天と地の差。

あの方が信頼を取り戻すのは難しいでしょう。

私は、少し、残念な気持ちで一日を過ごしました。

 

「正義」

新型コロナウイルス下や、様々なご事情で、不安なお気持ちで居られるのでしょう。

沢山の悩みをメールや電話で頂きます。

しかし、

私は一人しか居らず、

答えることはできません。

返事がないと、お怒りのメールや電話も来ます。

でも、

少し考えてみてください。

御自身の行為を。

それは、

「私からの質問にはすぐに答えるべき」

という、一方的なお考えを、私に押し付けていることになりませんか?

また、

「私からの悩みには無料で答えるべき」

という、一方的なお考えを、私に押し付けていることになりませんか?

言葉に出していなくても、

「鑑定」を申し込んでいる人よりも、

私を優先すべき

私は無料鑑定で見るべき

と仰っているのと、

全く変わらないのです。

そのような方々にお尋ねしたいのは、

「水道を使って、水道は無料にすべき

病院で診察を受け、病院は無料にすべき」

との言動をなされているのでしょうか?

知らず知らずに、

人に自分の考え方を押し付けていることになります。

これは、「傲慢」ではありませんか?

もし、

「私の悩みや質問にだけ答えればいい」と考えておられるのであれば、

私は尚更、お答え出来ませんし、鑑定すらお受けすることはできません。

なぜなら、

その方々は、「私」が「特別」と誤解して、ますます「傲慢」になっていくからです。

また、

「私」は正しいと、自分の考え方を人に押し付けていくからです。

私は、

「正義」

を振りかざす人間は怖いと考えています。

「正義」

を無知で使い、人を殺すこともできる。… 続きを読む

問題を通して自分を知ることは、幸せに繋がる

親が子を大事に想うのと同じように、

子が親を大切に想うのは、当たり前のことだと思います。

しかし、

世の中は、

そのようには流れない。

様々な理由をつけて、

自らが問題をどんどん複雑にしていっているように思います。

余計なものを取り除き、

シンプルに問題の核心を掴むことも大切だと思います。

打算、面子、プライド、うぬぼれ…といったものが、

問題にまとわりつき、

複雑に絡みあう。

いきなり解決が出来ないときもあると思います。

少しずつ、少しずつ、ほぐしていく…。

嫌な自分自身に向かい会わねばならないこともあると思います。

辛い作業でもあります。

そのようにして、

自分自身と向かい会うことは、

自分自身を良く知るこでもあり、

再び問題を起こさないことや、

問題を大きくしないことに繋がると思います。

徒に不安に怯えることなく、

より良い自分の未来を作っていくことに繋がると思います。

皆さんが、

少しでも幸せになるお手伝いをできたら、

私は幸せです。

神や仏も、嫌がらせで問題を与えるわけではありません。

皆様のご先祖も、

皆様が幸せになられることを常に

願っておりますし、

動いてもいます。

問題を「恨む」のではなく、

問題を糧にして、

自分自身が、

「真心」を持ち「感謝」し、自分自身を磨いていけるかが、

幸せへの近道だと思います。

リラックスすることも大事

人にされた嫌なことは、良く覚えているものです。

でも、

そのことをいつまでも思い続けることは、

悪い念をうみ、

かえって、

悪いものを引き寄せてしまいます。

だから、

あまり、

固執しない方が楽に生きれると思います。

人にされた嫌なことは、良く覚えていても、

自分が人にどのようなことをしたかは、意外と覚えていないものです。

もしかしたら、

自分が人に嫌なことをしているかも知れないのです。

嫌な感情ばかりにとらわれてしまうと、

自分が気付かず、

周りの人々に辛く当たってしまうこともあります。

だからこそ、

嫌な感情を逃がす隙間のようなものを持つことも大切だと思いますよ。

思いやり と 執着

大切に思う気持ちは、ひとつ間違えると執着を生みます。

お金を大切に、
子供を大切に、
恋人を大切に
様々な大切に、

があります。

大切にが
度を越えるとは、
相手の気持ちや
まわりへの配慮を忘れることです。

自分のお金のためになら、何をやってもかまわない。

子供の意見は未熟だから、私が配慮しないと…。

恋人が大丈夫がわからないから、常に監視するなど。

大切にするという社会内での行動から、
自分を中心にした過度な行動に変わるのです。

しかし、
執着は、
常に、
不安
を生みだします。

これで大丈夫だろうか?
と、
常に不安になるのです。
そして、
自分の執着により、
他の人々を傷付けてしまいます。

お釈迦様は、執着が不安を生むとおっしゃっています。

執着は常に不安をうみ、更に不安を呼びます。

自分の特性や欲望を直視して、
(それは辛いことですが)
執着にとらわれていないかを
考えてみるのも大切だと思います。