霊視で現実世界をカウンセリングして解決いたします。
霊能・スピリチュアルだけのアドバイスだけではなく、人が日々生きている現実世界との調和が必要だと思っています。
そのため、法律資格や現実世界の学びも生かした、総合的なカウンセリングとコンサルティングをしています。

スピリチュアル

お金が入る方法 運気アップ

お金が入る方法をよく質問されます。

で、方法はあるのか?
と言われると、
「あることはある」
になります。
皆さんが信じたり、
実行なさるかは、
別として。
では、お金が入る方法について。
それは、
「適度にお金を流す」
ということです。
私は
神か、仏か、宇宙か、ろくでもないものか、
から聞いていることは、こうです。
「お金には欲がびったりとくっついている。」
ということです。
だから、
「お金を集めてばかりだと、欲望の淀みを造る」
ということです。
それを解決するために、
「淀まないように適度に流してやる。」
これが、お金が入る方法だと言われます。
「欲望の淀みでいっぱいだと、お金の入る余地はなし」
と。
では、
「適度に流す」
とは、
どのようなものでしょうか?
それは、欲しいものを買う、
遊びにいく、
自己啓発、
寄付、
人にプレゼントをする、
いくらでも方法はあります。
適度に使って流すのが良いと思います。
私個人として聞いているのは、
人にプレゼントしたり、
人のために使う、
ことが、一番良いと言われてます。… 続きを読む

神様 仏様 宗教 人生 真心と感謝

神か、仏か、と判断されるのは受け手の側の問題だと思っています。

昔、ある霊体を視て議論しました。
神道の方は、「神」だとおっしゃられました。
仏教の方は、「菩薩」だとおっしゃられました。
キリスト教の方は、「天使」だとおっしゃいました。
私は、横で見ていて、同じ「霊体」が、こうも変わるのかぁーと冷めてみていました。
私には、単純に「霊」でいいでないかと。
人は、生まれて育ちます。
その時の環境による影響は多大なものだと思います。
そのときに、近くにあった宗教の考えに添って考えていくのは、理解できます。
つまり、私にとり、それは受け手の側の問題、好みに過ぎないと思っています。
「猫」を「にゃんこ」「キィティ」「キャット」と呼ぶように。
つまりは、同じものを、我々受け手が好きに呼んでいるにすぎないと思っています。
「霊」が「神」と名乗るときは、私は神様と言っています。
「霊」が「仏」と名乗るときは、私は仏様と言っています。
私にとり、「神」「仏」「宇宙」は、全て同一のものであり、それを受け手がどう判断するかによって変わるものだと思います。
皆さんも、神が好きであれば、神と呼べばよい。
仏が好きであれば、仏と呼べば良いのです。
輪廻転生、最後の審判があろうとも、
「この人生」
はたった一回きりです。
その人生を大切にしていこう。
そして、自分の人生がそれだけ大切なのだから、自分以外のものも大切にしていこう。
私は、そう思っています。
私の考え方は、共感されないかもしれません。
また、共感する必要もありません。
ただ、自分以外のものを、宗教や考え方で、
簡単に切り捨てたりしたくはありません。
微力で力になれないことがあっても、一緒に悩みという重荷を背負えると思います。
私自身の「真心」と「感謝」を大切にして。

病気・怪我と気付き

病気や怪我は誰しもなりたくないもの。
しかし、残念ながら人は必ず病気や怪我になります。
病気や怪我で、人は日頃感じていないものの大切さを感じます。
風邪や喘息で呼吸が困難になれば、「呼吸する」といった当たり前のことの大切さに感じます。
怪我をした場合、階段の登りおりや、入浴、トイレなどの、「いつも意識していないこと」の大切さに気づきます。
神か、仏か、宇宙か、なんでも良いのですが、そのようなものが述べるのは、
「気付く」
ことから、一歩進めて
「感謝の大切さを知って欲しい」
ということです。
「呼吸する」ことができるのは、
「空気」があるからです。
「空気」はありふれていて、身近に存在して、我々を包み混んでいます。
「意識しないで行動」できるのも、
「大地」があるからです。
大地は、常に我々を支えています。
「私は孤独だ!」
と、述べる方々にも、
必ず、「空気」や「大地」が存在しているのです。
そして、「空気」や「大地」をつくっているものがあります。
さらに、「空気」や「大地」は、「感謝してくれ!」と見返りを求めはしません。
我々は、「空気」や「大地」に素直に感謝する気持ちを忘れているのでは無いでしょうか?
人間は、見返りを求めがちです。
そして、不平を述べてしまいます。
しかし、それはあくまでも自分の限られた視野から見たものにすぎません。
自分の視野に入らない所で、自分を支えてくれる沢山のものを見落としがちです。
自分の視野を出来る限り広げる。
そして、物事を悪く解釈するのではなく、「真心」を持って、物事をしっかり見る。
そして、素直に「感謝」する。
そのような「当たり前」のことを大切にしなさいと、神か、仏か、宇宙か、は常に述べています。
人は、残念ながら死にます。
だからこそ、「生きている」ことを大切にしなければなりません。
「生きる」ということは、望んだからといって、常に確実なものではないからです。
「生きている」状態が与えられていることは、当たり前のことではないのです。
そのことを忘れて、世の中をいくら恨んでも解決策はでません。
「病気」や「怪我」をいくら恨んでも治らないように。
「生きている」と言う状態をしっかりと受け止めて考え、感じていく。
時に、逃げたくもなるでしょう。
しかし、「恨み」を取り除き、
「真心」で物事を見ていく。
それは「感謝」にもつながると思います。
また、「感謝」できない人間は、「真心」も曇っていると思います。
悩み、揺れ動きながら生きるのが人間だと思います。
だからこそ、「真心」や「感謝」といったものが大切になってくるのではないでしょうか?

神か、仏か、宇宙か、が伝えること。

j神か、仏か、宇宙か、何でもよいのですが、

必ず伝えることがあらります。
「人は物事が何でもすぐに!と簡単に考えすぎる」
「物事が自分の糧になるにも関わらず、厄介事だと勝手にきめて、遠ざけようとする」
すぐに、物事がパパッと解決して、「自分」の思い通りになる。
これは、傲慢そのものではないでしょうか?
「自分」の願い事が叶うことで、苦しんだり、悲しんだりする人もいるのです。
自分の幸せのみを考えて、他者の存在を全く考えない。
それは、創造性に欠如しているのではないでしょうか?
社会は、人々がいて成り立ちます。
自分が思い通りに動かせるなら、その方が、神か、仏か、悪魔か、わかりませんが、そのような存在だと思います。
創造性がない限り、「自己」の考えを押し付けることとなり、問題は一生解決しないと思います。
自分がされて嫌なことを、人にしたり、人に求めたりしていないか。
人の好意を当たり前に思っていないか。
そのようなことに創造性を働かせていくだけで、今の自分から、一歩殻を破れると思います。

 

ご先祖 ある霊能者の視点

霊能者から視て、

ご先祖が強い家系と弱い家系はあります。
ここから先の話は、霊能者としての話ですので、飛ばしていただいても良いと思います。
ご先祖が強い家系は、
やはり、
人生がうまくいきやすい。
これにつきるのです。
ご先祖の力が強いため、子孫に力を分け与えれる。
例えていうと、
おじいちゃん、おばあちゃんが、お年玉をたくさんくれるようなものです。
逆にご先祖の力が弱いと、
やはり、
家系に争いや、病気など、人生がうまく流れにくいのです。
ご先祖の力が弱いため、子孫に力を分け与えられなかったり、
酷い場合だと、子孫にすがる形になるのです。
例えていうと、
おじいちゃん、おばあちゃんが、あまりお年玉をくれなかったり、
酷い場合は借りに来るといった感じでしょうか。
ご先祖もそのよう行為がしたくて、しているわけではありません。
ご先祖の力が弱いと、子孫を助けようにも力が出ないわけです。
そして、
ご先祖の力というものは、
子孫の皆様の心や、
過去からの歴史によってきめられています。
次回、そのことについてお話したいと思います。