霊視で現実世界をカウンセリングして解決いたします。
霊能・スピリチュアルだけのアドバイスだけではなく、人が日々生きている現実世界との調和が必要だと思っています。
そのため、法律資格や現実世界の学びも生かした、総合的なカウンセリングとコンサルティングをしています。

スピリチュアル

 

近くの梅も咲き、
春の実感です。
京都なら、北野天満宮の梅を見に行くのになぁーと思っています。
身近な所で、
春は訪れています。
これから、運気の高まる方々も多いと思われます。
上手に、運気をつかってくださいね。
もうすぐ、山から神も降りてきます。
桜です。
さ・座と当てます。
別名、此花咲くや姫です。
富士山が御神体とされますね。
山の神です。
四神相応では、青龍です。
春をあらわします。
緑や青ですね。
春は、出会いと別れの季節でもあります。
皆さんに、素晴らしい出会いがあることを祈っております。
春を迎えれるという、「当たり前」のような日常にも、感謝されると物事は上手く流れていきますよ。
笑う門には福がくる。
罵る門には不幸がくる。
神や仏がよくおっしゃる言葉です。
完全に守れる人間はいなくても、努力はできるはず。
少しでも、福をつかんでくださいね。
みなさんのお幸せをお祈りしています。

 

合格祈願 合格と不合格  試験 受験

受験で合格するものと不合格のものとの違いは、

「いかに素晴らしいパワーストーンを買うか」
「いかに素晴らしい神社やお寺に寄付するか」
「いかに素晴らしい、壺やお札を買うか」
「いかに素晴らしい宗教に入るか」
にかかっていると言っても過言ではないでしょうか。
「高価なもの程素晴らしい力があります」。
という、インチキな言葉を信じない人が合格するのではないでしょうか?
私は、試験の合格率は、50%だと思っています。
単純に、合格するか、不合格するかの二択しかない。
なら、50%だと。
いたずらに、偏差値や合格率をみて、一喜一憂する必要は全くない。
50%から、合格するために、
いかに積み上げていくか、
これしかないと思っています。
私自身の大学入試以来の考え方です。
50%。
どちらかに転ぶしかない。
なら、不安を感じる前に、単語を覚えたら、51%になった!と考えていました。
焦ると、視野が狭くなり、物事を見失います。
また、
その人にあった参考書や問題集もあります。
参考書や問題集が暗黙の了解として設定いる層があるのです。
ハサミでも、ハサミから、枝切りハサミ、高枝切りハサミ、プロ用ハサミ、様々なハサミがあるように。
この最大限を探すのが、塾であり、予備校です。
オーダーメイドとして、「その人」になると家庭教師となります。
また、
人は、レイアウトやカラー、本や、文字の大きさでも影響を受けます。
分厚い電話帳、分厚い少年ジャンプのような大きな単語集を好む人は少ないのです。
(しかし、そのような本が好きな人もいます。少数派ですね。その分、売上が悪く高くなります。)
しかし、その人の好みにあった道具の方が、やる気は湧きます。
間違えてはならないこと。
資格試験において、
目的は、合格。
手段が、勉強や参考書・問題集といった道具です。
目的の合格を忘れて、ノート作りや、勉強時間自慢をしている人は落ちます。
目的のために、必要な勉強が必要なのです。
塾講師や予備校講師や家庭教師の経験から、「この子は合格する!」
「この子は伸びる!」
「この子は、直前失速するな。」… 続きを読む

恋愛運の向上 恋愛

神でもよいし、仏でもよいし、宇宙でもよいし、ろくでもないものでも、

呼び名は好きになさったら良いと思います。
ここでは、神と呼ばせていただきます。
「恋愛運が向上したい!」
と願った場合、
まず、「神」に届くかが、問題になります。
届いたか、届いていないかは、神主さんなり、霊能者さんに聞いてみましょう。
「神」に届いた場合、
恋愛はどうなるのでしょうか?
①沢山の出会いが増える
と言ったことがあります。
②逆に一気に出会いが減る方々もおられます。
なぜ、「出会い」が減るのでしょうか?
それは、願い事が届き、
「無駄」な恋愛より、願った方々に幸せにつながる「恋愛」へと絞りこまれるからです。
だから、「出会い」が減ることは、
悪くはないのです。
むしろ、「選び安くなった」というわけです。
「出会い」が増えるタイプ
か、
「出会い」が減るタイプ
かは、
その人の人格とご清祥のお力によります。
「恋愛運」の向上で、
「出会い」の数は関係ないと言えます。
やはり、願い事をなさった方々が、
「本当に幸せになる」ことが大切なのではないでしょうか?
霊能者の私は、そのお手伝いをしているにすぎせん。
霊能者は万能薬ではありません。
どのような「恋愛」であれ、
人は「恋愛」をすることで、
自分を見つめざるを得ません。
自分を過大評価する人もいれば、
過小評価する人もいる。
そのようにして、「自分」という「枠」を超えていく。
そこに、「恋愛」の素晴らしさがあるのではないでしょうか?

「神」という存在があるとしたら、

「祈って」いる時だけでなく、普段の言動もみているのではないかとも思います。
しかし、その一方で、
「神」は「人間」に全く興味がなくて、全く見ていない可能性もあります。
「神」を信じるかの、パスカルの神への「博打論」のようですが。
私は、宗教者ではありません。
単なる人間です。
神も仏も宇宙も好きに呼べばいいし、いなくてもいいし、と思っています。
自分がゴミ拾いしたり、普段の言動に神や仏に一々おどおどしたり、
何かしら、
ご褒美がもえらるなどと、打算的な考えもないからです。
良いことをしたら、「良いこと銀行」があって、「あの世」で、「良い目」に合えるとも全く思っていないです。
(そう思って行動なさっている人を否定しているわけではありません。)
なにか、その「神」への「良いこと」への見返りを求めることが、「嫌だなぁ~」と個人的に思ってしまうのです。
「良いこと」アピールというか…。
性格が病んでると言われるかもしれませんが。
「神」がいるのであれば、「見返り」をわざわざ求めず、普通に自然体で言動が出来る人間を愛するんじゃないの?と、
個人的に勝手に思っては、います。

「供養について」

良く「ご先祖を供養したいのですが…?」
「オススメの場所は…?」
とご質問を受けます。
私は、
「ご自身が安心できる場所や、居心地で良い場所でなさると良い」とお答えしています。
神社やお寺、様々な宗教や場所もあります。
しかし、やはり自分自身が嫌な人や場所では気持ちが乗らないと思います。
また、そのような気持ちで供養されても、ご先祖も「うーん」と唸ってしまうのではないでしょうか?
私は、「ご供養」なさるなら、神社やお寺などにお任せして、自分ではあまりやらない方がよいと思っています。
それは、霊に対して、自らを依り代としてしまうことです。
霊には悪い霊も当然います。
例えていえば、
サファリパークを徒歩で歩くようなものです。
草食動物エリアやふれあいエリアだけでなく、肉食動物エリアもあります。
そのような場所を歩くのは危険だと思っています。
だから、そのために、神社やお寺に専門の人間がいるのです。
ご自身がわざわざ危険を犯す必要はないと思います。
また、私が高野山と伊勢を選ぶのか、と言うと、
「霊の好きな場所」
「霊が集まりやすい場所」
として、
あくまでも、私が「霊に誠実でいたい」からです。
また、高野山と伊勢が、私には合うからです。
様々な場所があるなかで、私に合っているからであり、皆さんが私と同じ場所や方法を選ぶ必要はないと思います。
皆さんのお好きな場所、その場所は、仏教でいう「ご縁」とも言えます。
供養なさるときに、大切なのは「謙虚さ」。
「やってやる!」という上からの態度では絶対上手くいきません。
「真心と、感謝」の気持ちで接する。
そうなされば、ご供養やご供養に有縁の方々も喜ぶこととなります。
様々な宗教、神社、お寺、霊能者、など沢山の選択肢があります。
それらから選ぶことは、不安かもしれません。
大切なのは、今の生活が成り立たないのに、無理に供養しようとしないことです。
今の生活を大切にして、そして「感謝と真心」をもって行動なさる。
そうだからこそ、「霊」の側も、遠慮なく受けとれるのだと思います。
絶対に、「この場所」でなければならいという場所はありません。
「供養」なさる方々の気持ちにもよります。
ご自身がきちんと納得できる人や場所が一番良いと、私は思っております。