僕は大島家を抜け出し、朝から山に登った。
正確には、朝を迎える前だ。
夜と早朝の微妙な駆け引きをぬって、大島家を抜け出した。
玄関からではなく、低い石で作られた塀を越えて。
集落の人間には、誰にも見られたくなかった。
夜は、僕の姿を隠し、早朝は、道を案内した。
山に手入れがされている道は見当たらなかった。
しかし、人が入っている気配はする。
その気配を追いかけ、獣道のような道を登った。
所々に、石で作られた線香立てがあった。
この集落の人間が作ったものだろう。
山の中腹辺りで、朝陽が昇っていた。
山頂は近い。
山頂に着く。
東側は、集落が手に取って見えた。
西側は、断崖絶壁だった。
見渡す限り、広い海と小さな島が見えた。
足元に小さなプラスチック製の白い髪止めが落ちていた。
まさに、海に陽が反射してきらめいていた。「ここで地終わり…だな」と思った。
日差しが強かった。
そして、僕は全てを知った。
僕は、山を降りた。
集落の人間が僕を激しく見つめていた。
見たければいくらでも見たらいい。
だからといって、何も変わらないんだ。
何も。
僕は無言で、玄関から大島家に入った。
大島家では、朝から騒ぎだった。
僕が理由ではない。
毎日の宴会がたたって、イタコのような老婆の霊能者が脱水症状を起こして、村を去ったのだった。
僕は思った。
生け贄はまだ足りない。
恒例の宴会は夜も主宰された。
僕は縁側に座って、伸びゆくあさがおを見ていた。
まだ、花は咲かない。
まだ、時期ではない。
絵奈さんが、後ろから声をかけてきた。
「今日、山に登ったんだって?」
僕は何も答えなかった。
絵奈さんは、一方的に話をした。
そして、最後に
「何かわかったの?」
と聞いた。
僕は、首を振りながら
「何も」
と嘘をついた。
まだ、時期ではない。
「ふーん」
絵奈さんは退屈そうに言った。
僕はあさがおを見ていた。